「あ、東藤タカシ……です」
「トードー? えと……」
「東に藤、タカシはそのまま……」
ええと、ひがしに、ふじに、とオタオタしながら俺の名前を書きとめている
婦警さんの後ろで、背のひょろ高い男のほうがセンセイの大きなバッグから
勝手にひきずり出した荷物をずいぶんぞんざいな調子に扱っていくのを見ながら
俺は何だかもう気が気ではなかった。
「あ、あの、それいちおう大事なもんなんで……」
「わっ、あっ、」
声をかけたと同時にけたたましい音が響き渡り、俺は心の中でため息をついた。
つーか、この人たち、ほんとに警官なのか?
いちおうさっき声をかけられたとき提示された身分証明書はそれっぽかったし、
連れ込まれたここがいわゆる『派出所』で、さっきからポツポツと何人か訪ねて
来る人たちへの応対で、彼らの手助けらしき仕事をやっているのは、見ていてわかる。
だけど、何つうか、警官ってもっとこうさあ……
床に落ちて散らばった荷物を拾い上げながら、傷はついていないようですね、
良かったなあ、とのんきな口調で笑みを浮かべるこの男。 まあ服装のこととかは
この際、百歩……いや一万歩くらい譲って目をつぶり、なおかつ大目に見たとしよう。
「やー、どうもすみませんでした。 これ、探索の道具ですか」
「あ……だいたい、そんな感じっす。 もともとは俺、遺跡の調査に……」
「うんうん、皆さんそうですからねー」
何が珍しいのかラジオを色んな角度から眺め回し、ダイアルを弄り回そうとする男に、
ちょっと、ハーシーくん、とか婦警さんが注意をうながす。 壊れたのか
近くに電波局がないからなのか、うんともすんとも言わないラジオをバッグに
しまい直して、そこでまた手を止めると、男はふっと目を細めた。
「……で、武器は?」
「はい?」
「武器は所持されてないんですか」
「武器? いやいや、持ってるわけないじゃないっすか!」
「え……持ってないの? ……」
ほら、この目だ。 刑事ドラマでよくある、容疑者に向けるような……
まあ『突然浜辺に流れ着いた男』なんてシチュエーションの俺が、
ここの警官たちにとって胡散臭い存在であるのは事実この上ないけれど、
しかし、何だかそういうのとも微妙に違う気がする。
たとえば街で向こうからガラの悪いのが歩いてきたら無意識に半歩よけるだろ?
ネズミは船が沈む前に海に飛び込んで逃げ出すっつーだろ?
うまく言えないけど、そういう『身の危険』というか『やな予感』を感じる目。
俺みたいな弱い奴ほどこういうのには敏感なんだ。
「いや、持たないですよ普通! そんな、動物狩りに行くとかじゃないんすから」
「でも、危険じゃないですか?」
「いや……つか、逆に……何か、そんな危険なんすか?」
「だって……」
何か言いかけた男をさえぎるように、婦警さんがバッグから一通の封筒と
キックボードを取り出して、矢継ぎ早にこれらについての説明を求めてきたので
結局、そこで今男が何を言いかけたのかはうやむやとなり、
そのまま一通りの押し問答を終えた俺は、流れ作業のように実にスムーズに
派出所を追い出されてしまった。
……『危険』かあ。
道なりに少し歩いたところで派出所を振り返り、ぼんやりと男の言った事を思い返す。
なにか、武器でも持たないといけないような『危険』がここにはあるんだろうか。
と、そこで、道の向こうから猛スピードで突っ走ってくる、
男女二人組の姿が目に入った。 あわてて少しよけるように道端に
体を寄せると、そのまま二人組はこちらに目をくれることもなく、
俺の脇を通り抜けて、一目散にさっき出てきた派出所へと駆け込んでいった。
「け、けいさつっ」
露出魔がっ、とか、全身緑色のっ、とか聞こえ、しばらく中でわいのわいのと
やっていたようだったが、しばらくして再び二人組が派出所を飛び出して来た。
それに続くように、警官たちがおっとり刀で駆け出してくるのが見える。
あー。 そっか、大変なお仕事なんだよなあ。 当たり前だけど日本とは違うんだし。
男の警官の『目』のことだって、そんなわけだからなんとなく、
日本の警察にない違和感っつーか、そういうの感じただけなのかもなあ。
さっきの二人組……どう見ても、俺とそんなに年の変わらない日本人が
驚き取り乱すようなことが、まさしく日常茶飯事のようにこの島にはあるのだと、
それら全てをあの警官2人が処理しているわけではないのだと、
まだ何も知らず、気づいてすらいない俺が、このとき思っていたことと言えば……
強いて言うならそう、『おまわりさんがんばれ』ってことくらいだった。
